• 会社概要
  • 社長挨拶
  • 橋本興産のルーツ
  • 会社沿革
  • 企業理念
  • 今後の展望
  • IT化
  • ISO0001

橋本興産のルーツ

坂本龍馬が中心となって長崎で結成し、日本最初の商社とも言われる「亀山社中」。
後の「海援隊」です。そこで、船乗りとして活躍し、龍馬も航海術を絶賛したとされるのが、私の先祖である橋本久太夫です。

橋本興産株式会社は久太夫のひ孫に当たる父の勵(はげむ)が創業しました。
そこには、第2次世界大戦の敗戦、長崎の原爆とは切っても切り離せない物語があります。

父は出兵待機をしていた茨城で、東京大空襲で真っ赤に染まる夜空を目撃しました。終戦直後、酷い状態に壊された東京で会社に採用されることが決まり、復興に向けて必死に前を向く人たちを見ていました。

そのころ、長崎の母からの連絡で故郷に帰省します。母や妹は長崎市の隣の諫早市に住んでおり、原爆の難を逃れたのですが、弟は戦死。ずいぶん、気落ちしていました。そして、気になっていた長崎市内に足を踏み入れて愕然とします。

一面の焼け野原。そんな衝撃的な光景を目の当たりにし、「長崎の復興の役に立つ仕事を始めたい」「母の側で、弟の分まで孝行しよう」と、東京に戻らず、長崎で起業することを決意します。

「焼け野原の長崎にこれから一つ一つ建物が建ち、そこに一つ一つあかりが灯る。それが人々の希望となるはず」。そう考えた父は、1950年(昭和25年)3月、電灯を灯すケーブルを提供する商社を始めたのです。商社であった海援隊隊員の血が、父にも流れていたんだと思わずにはいられません。

長崎が復興するとともに、私たちのケーブルの取り扱いは、発電所・造船・炭鉱・重電機器・車両向けなど基幹産業の分野に広がりました。お客様も全国に広がり、2012年(平成24年)に関西出張所(大阪市)を開設。創業65年目の2015年(平成27)には東京にも進出し、拠点を全国に拡大しております。

電線は電気を届けると同時に、「人々の希望」も届けると信じています。「人々の希望の架け橋」という創業時からの気持ちを忘れず、世界に通用するグローバル企業への成長に向けてチャレンジしていきます。